沢歩き いろいろ
夏の山は沢登りに限る。炎天下 低山を歩き回れば熱射病でダウンするだけであ
る。
そういうときは沢の中でのシャワークライミングである。基本的には沢芯を登る。
案外ホールドはあるものである。高巻きをすると息が上がるし、険しい沢では
戻るのに大変な労力を要する。
沢でもっとも極楽を感じるのは紅葉の頃のゴーロ歩きである。足首程度の沢の瀬
を歩いていくと、秋の日はさんさんと射して、極楽の境地を味わえる。
仲間と同行するときは釣りの得意な仲間といくべし。ちょうど夕方で沢歩きも終
了の頃、仲間はおもむろに棹を取り出す。もちろん餌はフライである(疑似餌)
おもしろいようにイワナが釣れる。今晩の豪華な食卓を演出してくれる。
刺身から始まって 焼酎にほんのりとしてくる頃、遠火でゆっくりとあぶったイ
ワナの塩焼きができあがる。もちろん串ごと豪快にかぶりつく。 骨は 燗酒に
いれて骨酒として楽しむ。
沢は囂々と音を立てて流れ、たき火はチウロチロと燃える。友の笑顔が浮かぶ。
後はごろりと横になるだけ。タープといって木々の間に渡したナイロンの屋根だ
けである。
私は沢の中では決して靴は脱がない。みんなは不思議そうに言う(ぬれて気持ち
悪いでしょう)飛騨 庄川水系 芦倉谷の鉄砲水で、流され 裸足で1日かけて
沢を降りたあのトラウマが抜けない。いつでも逃げ出せるつもりでいるのである。
しかし気持ちが悪い。
イワナの話に戻ると、釣り師が結構はいっているので釣果も少なくなったと聞く
が 大山甲川 や 黒部 上廊下 ではもういいと言うぐらいに食べる事ができ
た。私は釣りには全く興味がないので、こうした仲間といくときこそ沢の恵みを
たっぷりと味あうことができる。
こうした仲間は 山菜採りにもたけているもので、秋はキノコの天ぷらに 又
自然のわさびにもありつくことができる。
十分勉強すれば、沢歩きはもっとももすばらしい恵みを与えてくれるが、哀しい
かな私はものぐさ故、そうしたことは一人では全く味わえない。
若いころ唄った うた
さーさ火をたけ ごろりとままよ 木の根枕に 峰の月
夏の山は沢登りに限る。炎天下 低山を歩き回れば熱射病でダウンするだけであ
る。
そういうときは沢の中でのシャワークライミングである。基本的には沢芯を登る。
案外ホールドはあるものである。高巻きをすると息が上がるし、険しい沢では
戻るのに大変な労力を要する。
沢でもっとも極楽を感じるのは紅葉の頃のゴーロ歩きである。足首程度の沢の瀬
を歩いていくと、秋の日はさんさんと射して、極楽の境地を味わえる。
仲間と同行するときは釣りの得意な仲間といくべし。ちょうど夕方で沢歩きも終
了の頃、仲間はおもむろに棹を取り出す。もちろん餌はフライである(疑似餌)
おもしろいようにイワナが釣れる。今晩の豪華な食卓を演出してくれる。
刺身から始まって 焼酎にほんのりとしてくる頃、遠火でゆっくりとあぶったイ
ワナの塩焼きができあがる。もちろん串ごと豪快にかぶりつく。 骨は 燗酒に
いれて骨酒として楽しむ。
沢は囂々と音を立てて流れ、たき火はチウロチロと燃える。友の笑顔が浮かぶ。
後はごろりと横になるだけ。タープといって木々の間に渡したナイロンの屋根だ
けである。
私は沢の中では決して靴は脱がない。みんなは不思議そうに言う(ぬれて気持ち
悪いでしょう)飛騨 庄川水系 芦倉谷の鉄砲水で、流され 裸足で1日かけて
沢を降りたあのトラウマが抜けない。いつでも逃げ出せるつもりでいるのである。
しかし気持ちが悪い。
イワナの話に戻ると、釣り師が結構はいっているので釣果も少なくなったと聞く
が 大山甲川 や 黒部 上廊下 ではもういいと言うぐらいに食べる事ができ
た。私は釣りには全く興味がないので、こうした仲間といくときこそ沢の恵みを
たっぷりと味あうことができる。
こうした仲間は 山菜採りにもたけているもので、秋はキノコの天ぷらに 又
自然のわさびにもありつくことができる。
十分勉強すれば、沢歩きはもっとももすばらしい恵みを与えてくれるが、哀しい
かな私はものぐさ故、そうしたことは一人では全く味わえない。
若いころ唄った うた
さーさ火をたけ ごろりとままよ 木の根枕に 峰の月
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